当ブログの開設初っ端に紹介しました二つの和歌――藤原定家と藤原家隆が詠んだ“侘び”のイメージを伝える和歌二首のうち、
WABism推奨の歌は家隆の、
花をのみ待つらんひとに山ざとの雪間の草の春をみせばや
です。
この和歌は茶の湯の精神を端的に伝えるものとして、侘び茶の大成者千利休が、定家の歌(見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮)と並べて書き付けていたとされるもので、
利休の思想を伝える『南方録覚書』という茶書でも言及しています。
ここではその『南方録覚書』に書かれていることを紹介しますが、その前に、和歌の作者藤原家隆について一言。
家隆は平安時代末期から鎌倉時代初期に活動した人で、この時期の代表的な歌人である藤原定家とは従兄弟関係にあります。
定家は王朝和歌を代表するような大歌人として知られていますが、家隆も定家に勝るとも劣らない天才型の歌人です。
定家ほどには知名度がないのは、歌の作り方が少し凝り性に感じられるところがあって、
難解といえば難解に感じさせる歌が多いから、と言われていたりしてます。
歌数の多い人で、数万首を詠んだとされていますが、
私の印象を言いますと、和歌に使われる言葉のリストを作って、その順列と組み合わせでコンピュータのように作っている、
というようなイメージがあります。
歌を解釈するのに少し骨が折れますが、じっくりとよんでいけば、なかなか味の深い歌が多いように思います。
さて家隆の歌について、『南方録覚書』(文献史料としては信憑性が若干弱いとされているのですが)では次のように解説しています。
「世の中の人々は、春の訪れが聞こえはじめてくるとそこかしこの山や森で花が咲き始めるのを明け暮れ待ち望む、そのように外の世界に花を求めようとするけれども、ほんとうは花も紅葉も自分の心の内にあるだということを知らないのである。
だからただ目に見えるだけの華やかさを楽しむばかりである。
山里は、(定家の歌にある)浦のとまやと同じ寂びた風情のある住居である。
去年一年の花も紅葉もことごとく雪が埋め尽くして、白一色の何もない山里の景色となって、寂びすましているのは浦のとまやと変わりがない。
しかしそのようにいわば無一物と成り果てた山里の景色の中にも、やがて感をもよおすような春の鼓動が、自然と、はしばしに現れてきはじめる――山野を埋め尽くした雪が、春になって陽気をむかえ、雪が溶けはじめていくそのところどころに、ういういしく青やかなる草の芽が、少しずつ、二葉、三葉萌え出ずるのを、
力を加えずに“自ずから然り”の道理として表わしている。」
花や紅葉は人の心の内の、自然の営みと同化するこころざしの中に在る、というようなことを利休は家隆の和歌に読みとっていると、著者の南方宗啓は解釈しているようです。
WABismが考える “侘び”の意味も、“山里の雪間の草”のういういしい生命感の表出として捉えたいと思っています。
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[巻頭の画像作品]
井上まさじ作 試作小品
[WABismのサイト] Art & Craft Item
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