一汁一菜、極的で総合的な食の生活 ――土井善晴著『一汁一菜でよいという提案』に依りつつ

テレビの料理番組でおなじみの料理研究家土井善晴氏が書いた『一汁一菜でよいという提案』という本がベストセラーになっているようです。 このタイトルに惹かれて私も読んでみましたら、当ブログのメインテーマであるWABismの精神を過不足なく伝えてくれているような内容でしたので、ここでも紹介させていただきます。 一汁一菜という言葉は説明するまでもないかと思いますが、念のために書いておきますと、 普通には一汁三菜という言い方がスタンダードで、三菜は焼物(焼き魚)・煮物(野菜の煮たもの)・膾の三種を言います。 土井氏が提案する一汁一菜はご飯と味噌汁と香の物(漬物)です。 WABismの趣旨としても一汁三菜が標準ですが、しかし一汁一菜はさらに突き詰められています。 そして、生きていくための健康の維持とエネルギーの補給のためには最低限それだけは必要であるとともに、ある意味ではそれで充分と考えることもできます。 土井氏の著書は、「ある意味ではそれで充分」と言いうるところの領域を話題にしています。 それがまさしくWABismの精神の核心を衝いていると読めるわけです。 一汁一菜の核心は次のように表されています。 「暮らしにおいて大切なことは、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる生活のリズムを作ることだと思います。 その柱となるのが食事です。 一日、一日、必ず自分がコントロールしているところへ帰ってくることです。 それは一汁一菜です。一…

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食料危機とは何か? 正体と対策――『食の戦争』に依りつつ

前回は、今日の食糧危機の問題を、鈴木宣弘教授の著書『農業消滅』で提案されている事項をアソシエーショニスムと関連させてコメントを試みましたが、 せっかくの機会ですので、鈴木教授のもう一つの話題の著書『食の戦争』(文春新書)を紹介して、食糧危機の問題の所在についてさらに言及しておくことにします。 食糧問題をめぐってはすでに前世紀からからあれこれのことが言われてきていますが、私の頭の中では問題の核心がどこにあるのかいまひとつ掴めなくて、漠然ともやがかかったような状態でいました。 キーワードで表現すると、古いところでは食習慣の変化だの、減反政策だの、過保護だのと言われたり、比較的新しいところでは大規模農業だのTPPをめぐる賛否の議論などですね。 食糧危機という事態をそのようにさまざまな観点でとらえようとしてきているのだけれども、全体を見通すヴィジョンのようなものが見えづらくて、イマイチ釈然としないわけです。 それに対して『食の戦争』は、食糧危機を現代世界のグローバルな視野の中で展開される食糧戦争の相で捉え、食糧を国家間の軍事・エネルギーと並ぶ戦略物資と意義付けるところから論じられていきます。 そう言われてみると、確かにそれは問題の全貌を見晴るかすヴィジョンとして設定することができると思いました。 特に、この食糧戦争の主導権を握っているのはアメリカで、自国で生産する農業製品(食料および家畜の飼料)を、言うならば万国に需要させるために取ってきた戦略(自国農産物…

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食糧危機とアソシエーショニスム

ウクライナ戦争で世界の食糧不足が深刻化していることが最近のニュースの上位を占めています。 世界の為政者たちは何を考えて戦争を継続するのか、私にはさっぱり理解できませんが、 十数億の民衆や児童たちが飢えに苦しみ、大量の餓死者が発生することも予測されている現況においては、 先進諸国の各々の都合を優先させるような言動ははなはだ迷惑であり、即刻止めるべきであると、ただそれだけを願わずにはおれません。 わが国においても、食糧難に見舞われることが懸念されています。 しかしわが国においては、国内での食糧自給率の低さは以前から言われ続けてきたことであって、 戦争によって状況が逼迫してきている現状をひとつの機会として、食糧の安定確保の方策を立てていく必要があるかと思います。 この件に関して、今しきりに警鐘を鳴らしておられる鈴木宣弘という農業経済学者(東京大学教授)の『農業消滅』という本を読ませてもらいました。 本の大意は、わが国の食糧生産・需要政策が国際間の政治的・経済的な駆け引きに翻弄されて主体性を失い、 食の安全保障が脅かされるとともに、食糧の絶対的不足による国家存亡の危機までも視界に取り込んでの警告と、その対策についての試案を提示しようとするものです。 結論としては以下のようなことが提唱されています。 「農家は、協同組合や協同組織に結集し、市民運動と連携して、自分たちこそが国民を守ってきたし、これから守るとの自覚と誇りと覚悟を持つことが大切である。…

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